大家や地主が「建て替えたい」「自分で使いたい」と考えても、それだけで賃借人に立ち退いてもらえるとは限りません。
普通借家契約で貸主側から更新を拒絶したり、契約の解約を申し入れたりする場合は、原則として借地借家法上の「正当事由」が必要です。
正当事由は、貸主の事情だけで決まるものではありません。貸主と借主のどちらが建物を必要としているか、これまでの契約経緯、建物の利用状況・老朽化の程度、立退料の提示などをまとめて判断します。
また、家賃滞納や無断転貸などの契約違反は「正当事由」とは別の問題です。
この記事では、立ち退きで正当事由が必要になる場面と判断基準、立退料との関係、老朽化・再開発・自己使用の場合、実際の判例まで整理して解説します。
貸主側の都合で普通借家契約を終了させる場合、「建て替えたい」「売却したい」という理由だけでは足りないことがあります。
正当事由の判断では主に、
・貸主と借主の建物使用の必要性
・これまでの賃貸借の経緯
・建物の利用状況
・建物の現況・老朽化
・立退料などの財産上の給付
を総合的に考えます。
なお、立退料を多く払えば必ず立ち退かせられるわけではありません。立退料は、あくまで正当事由を補う要素の一つです。
- 1 立ち退きの「正当事由」とは?
- 2 正当事由が必要な場合・必要でない場合を整理
- 3 立ち退きの正当事由を判断する5つのポイント
- 4 自己使用は正当事由として認められる?
- 5 建物の老朽化・建て替えは正当事由になる?
- 6 再開発・建て替え目的なら立ち退きは認められる?
- 7 立退料を払えば正当事由は認められる?
- 8 普通借家契約は期間満了だけで立ち退きになる?
- 9 借地の立ち退き・更新拒絶でも正当事由が必要
- 10 賃借人の契約違反による立ち退きは別に考える
- 11 正当事由が問題になった判例を見る
- 12 立ち退きを進めるときの流れ
- 13 立ち退き交渉で避けたいこと
- 14 立ち退きが必要な不動産の活用・売却を考える場合
- 15 立ち退き・権利調整を伴う不動産はマーキュリーへご相談ください
- 16 立ち退きの正当事由に関するよくある質問
立ち退きの「正当事由」とは?
正当事由とは、貸主側から普通借家契約の更新を拒否したり解約を申し入れたりする際に必要となる理由です。
借地借家法では、貸主の都合だけで賃借人の生活や事業の基盤を失わせることがないよう、借主を保護しています。
そのため、普通借家契約について貸主が更新を拒絶したり解約を申し入れたりするには、「正当の事由」が必要です。
借地借家法28条では、正当事由について、次の事情を考慮すると定めています。
- 貸主・借主それぞれが建物を使用する必要性
- 建物賃貸借に関するこれまでの経過
- 建物の利用状況
- 建物の現在の状態
- 貸主から立退料など財産上の給付を申し出ているか
つまり、「建物が古いから」「自分で使いたくなったから」と一つの事情だけを見るのではなく、貸主側・借主側の事情を比較して判断します。
正当事由は「ある・ない」を一つの条件だけで決めない
たとえば築50年の建物だからといって、それだけで立ち退きが認められるわけではありません。
耐震性に重大な問題があるのか、修繕できるのか、建て替える必要がどの程度あるのか、借主がそこを使い続ける必要性はどの程度あるのかなどが関係します。
そのため、似たような物件でも結論が異なることがあります。
正当事由が必要な場合・必要でない場合を整理
「貸主都合の契約終了」と「借主の契約違反による解除」を混同しないことが重要です。
| ケース | 正当事由 | 主な考え方 |
|---|---|---|
| 普通借家の更新拒絶 | 原則必要 | 借地借家法28条 |
| 普通借家を貸主から解約 | 原則必要 | 正当事由+解約申入れ |
| 普通借地の更新拒絶 | 原則必要 | 借地借家法6条 |
| 定期建物賃貸借の期間満了 | 原則不要 | 適法な定期借家契約であることが前提 |
| 重大な家賃滞納・契約違反 | 別問題 | 債務不履行・信頼関係破壊による解除 |
家賃滞納は「正当事由」ではなく契約解除の問題
元記事では、家賃滞納や無断転貸、迷惑行為なども「正当事由」として扱っていましたが、法律上は分けて考えた方が正確です。
家賃を長期間支払わない、無断転貸をするなど契約上の義務に違反している場合は、債務不履行を理由とした契約解除が問題になります。
ただし、「家賃を○か月滞納したら必ず解除できる」という一律の基準があるわけではありません。
滞納期間や金額、これまでの支払い状況、貸主とのやり取りなどから、当事者間の信頼関係が壊れたといえるかが重要になります。
立ち退きの正当事由を判断する5つのポイント
なかでも重要なのは、貸主と借主の「建物を使う必要性」の比較です。その他の事情や立退料は、その判断を補います。
1.貸主が建物を使用する必要性
貸主本人や家族がその建物を住居として必要としている、あるいは事業上どうしても使用する必要があるといった事情です。
単に「自分の物件だから使いたい」というだけではなく、なぜその建物でなければならないのかが確認されます。
たとえば高齢になった貸主が子どもとの同居を必要としている、現在の住居では生活に支障がある、といった事情があれば判断材料になります。
2.借主が建物を使用する必要性
貸主側だけでなく、借主がその物件をどの程度必要としているかも確認されます。
居住用であれば、長年そこで暮らしている、高齢で転居が難しい、近隣で代替住宅を確保しにくいといった事情があります。
店舗や事務所なら、現在地で営業を続ける必要性や、移転によって顧客を失う可能性なども問題になります。
3.これまでの賃貸借の経緯
契約を結んでから現在までの経緯も判断材料です。
賃料の支払い状況、更新時のやり取り、貸主・借主双方の対応などが確認されることがあります。
4.建物の利用状況・老朽化
実際にどのように使われているのか、建物がどの程度老朽化しているのかも考慮されます。
耐震性に重大な問題があり、修繕にも多額の費用が必要になるような建物であれば、建て替えの必要性を基礎づける事情となることがあります。
一方、単に築年数が古いだけで、安全性にも大きな問題がない場合には、それだけで十分とは限りません。
5.立退料などの提示
引越費用、新居の初期費用、現在と移転先の賃料差などを補う目的で、貸主から立退料を提示することがあります。
事業用物件では、移転費用、内装費用、休業による損失などが交渉材料になるケースもあります。
ただし、立退料に法定の計算式や一律の相場はありません。
自己使用は正当事由として認められる?
「自分で使いたい」は重要な判断要素ですが、それだけで自動的に正当事由が成立するわけではありません。
貸主本人やその家族が建物を使用する必要がある場合は、正当事由を判断するうえで重要な事情になります。
たとえば、
- 現在の住宅を失い、自分で住む必要がある
- 高齢となり家族との同居が必要になった
- 事業上その建物を利用する具体的な必要がある
といったケースです。
一方、「賃貸をやめたい」「高く売るため空室にしたい」という経済的な事情だけでは、借主側の使用の必要性との比較で十分とはいえない場合があります。
建物の老朽化・建て替えは正当事由になる?
築年数だけではなく、耐震性・危険性・修繕可能性・建て替えの必要性まで確認されます。
建物の老朽化は、立ち退きでよく問題になる理由の一つです。
ただし、「築50年だから立ち退いてもらえる」という単純なものではありません。
実際の裁判でも、建物の老朽化を理由に立ち退きが認められたケースと、認められなかったケースの両方があります。
不動産適正取引推進機構が紹介する裁判例では、築45年を経過したアパートについて、老朽化に加えて立退料100万円の提示によって正当事由が補完され、明渡しが認められた例があります。
一方、築57年の木造住宅でも、老朽化による建て替えの必要性が十分認められず、正当事由が否定された事例があります。
参考:一般財団法人 不動産適正取引推進機構「賃貸借契約の解除・明渡し」
再開発・建て替え目的なら立ち退きは認められる?
再開発計画があるというだけでは決まりません。計画の具体性や必要性、借主への補償などを含めて判断されます。
収益性を上げるために古いビルを建て替えたい、周辺の土地と一体で再開発したいというケースもあります。
こうした場合も、再開発を計画しているという事実だけで正当事由が成立するわけではありません。
計画がどこまで具体化しているのか、建て替えの必要性がどの程度あるのか、借主が移転できるのか、どの程度の立退料を提示しているのかなどが関係します。
東京地裁平成26年7月1日の事例では、築40年以上の都心ビルについて、一体開発や自己使用等の必要性に加えて、適正な立退料を支払うことを条件として建物明渡しが認められました。
つまり、「再開発=必ず正当事由」ではなく、再開発の必要性も正当事由を構成する事情の一つとして評価されます。
立退料を払えば正当事由は認められる?
立退料は、貸主側に一定の正当事由を基礎づける事情がある場合に、その不足を補う要素として考慮されます。
「いくら払えば退去させられますか」という相談は少なくありませんが、立退料には法律で定められた相場がありません。
正当事由の強さや借主の事情によって必要となる補償内容は変わります。
居住用で考慮されやすい費用
- 引越費用
- 新居の敷金・礼金・仲介手数料など
- 現在の賃料と移転先賃料との差額
- 移転に伴って生じるその他の合理的な費用
店舗・事業用で考慮されることがある費用
- 移転費用
- 新店舗の内装・設備費
- 移転期間中の休業損失
- 賃料差額
- 移転による顧客喪失など営業上の損失
実際には、借主が営業している業種や場所、現在の契約条件などによって大きく異なります。
また、交渉によって双方が合意できるのであれば、裁判所が正当事由を判断する前に任意で契約を終了することもできます。
普通借家契約は期間満了だけで立ち退きになる?
普通借家契約は「契約期間が終わった=必ず退去」ではありません。
元記事では、借家契約について「期間が終了すれば原則として契約が終了する」としていましたが、普通借家契約ではこの説明は正確ではありません。
貸主が契約期間満了によって更新を拒絶する場合は、原則として正当事由が必要です。
また、期間の定めのない普通借家契約を貸主側から解約する場合も、借地借家法27条により解約申入れから6か月を経過する必要があり、さらに28条の正当事由が問題になります。
定期借家契約とは扱いが違う
適法に締結された定期建物賃貸借契約は、普通借家とは異なり、原則として契約で定めた期間の満了によって終了します。
そのため、「契約期間が切れたら退去が必要か」を判断するには、まず普通借家なのか定期借家なのかを契約書で確認する必要があります。
借地の立ち退き・更新拒絶でも正当事由が必要
普通借地権も、期間満了だから地主が自由に土地を返してもらえるわけではありません。
建物所有を目的とした普通借地権では、契約期間が満了したときに借地人が更新を請求し、建物が存在する場合などは、地主が更新を拒否するために正当事由が必要になります。
借地借家法6条では、主に次の事情を考慮します。
- 地主が土地を必要とする事情
- 借地人が土地を必要とする事情
- 借地契約のこれまでの経過
- 土地の利用状況
- 地主からの財産上の給付の申出
つまり、「自分の土地だから返してほしい」という理由だけでは、普通借地権の更新拒絶が認められるとは限りません。
賃借人の契約違反による立ち退きは別に考える
家賃滞納や無断転貸などは、貸主都合の正当事由ではなく、契約違反による解除の問題です。
家賃の滞納
賃料を支払わない状態が続けば、契約解除や明渡し請求につながることがあります。
ただし、「3か月滞納すれば必ず解除できる」という法律上の一律基準があるわけではありません。
滞納額や期間、それまでの支払状況などから信頼関係が破壊されたと判断できるかが問題になります。
無断転貸
貸主の承諾なく第三者へ物件を又貸しした場合も、契約解除の原因となることがあります。
ただし、個別事情によって結論が変わるため、無断転貸があれば自動的に即時解除できるとは限りません。
騒音・迷惑行為など
他の入居者に対する著しい迷惑行為が繰り返され、貸主からの注意にも従わないような場合には、契約解除や明渡しが認められることがあります。
不動産適正取引推進機構でも、貸主側から再三注意を受けたにもかかわらず迷惑行為を継続し、他の入居者が退去するまでに至った事案で、契約解除と明渡しが認められた裁判例が紹介されています。
このようなケースは「正当事由が強い」というより、借主側の債務不履行によって契約を解除できるかという問題です。
正当事由が問題になった判例を見る
似たような老朽化物件でも、建物の状態や双方の必要性、立退料によって結論は変わります。
| 裁判例 | 主な事情 | 結果 |
|---|---|---|
| 東京地裁 令和2年2月18日 |
築45年のアパート。老朽化に加えて立退料100万円を提示 | 明渡しを認容 |
| 東京地裁 令和元年12月12日 |
築57年の木造住宅。建替えの必要性が十分とは認められず、借主側にも使用の必要性あり | 正当事由を否定 |
| 東京地裁 平成26年7月1日 |
築40年以上の都心ビル。一体再開発・自己使用等の必要性と立退料を考慮 | 立退料を条件に明渡しを認容 |
| 東京地裁 平成25年6月14日 |
耐震性能に深刻な問題があり、早急な対応が必要 | 立退料を条件に明渡しを認容 |
ここから分かるのは、「築○年以上なら認められる」「立退料○万円なら認められる」という基準はないということです。
正当事由は、その物件と当事者の事情を個別に判断します。
立ち退きを進めるときの流れ
いきなり退去を求めるのではなく、契約確認→事情整理→条件提示→交渉の順で進めた方がトラブルを避けやすくなります。
-
賃貸借契約の種類を確認する
普通借家・定期借家、普通借地・定期借地など契約内容を確認します。 -
立ち退きが必要な理由を整理する
自己使用なのか、老朽化なのか、建て替え・再開発なのかを具体的にします。 -
借主側の事情を確認する
居住・営業の必要性や移転先確保の可能性などを確認します。 -
立退条件を検討する
退去時期、立退料、原状回復、移転先などを整理します。 -
交渉し、合意内容を書面にする
退去日や金銭の支払時期などを明確にします。
貸主が普通借家契約を解約する場合は、法律上の通知期間にも注意が必要です。
また、交渉がまとまらない場合や、法的な明渡請求を検討する場合は、弁護士へ相談する必要があります。
立ち退き交渉で避けたいこと
無理に退去させる行為は新たなトラブルにつながります。合意形成を前提に進めることが重要です。
いきなり短期間での退去を求める
借主にも転居先や移転先を探す時間が必要です。
期限を極端に短く設定すると、交渉がこじれる原因になります。
鍵を交換したり荷物を勝手に出したりする
借主が立ち退きに応じないからといって、貸主が勝手に鍵を交換したり、荷物を処分したりすることは避けなければなりません。
任意交渉で解決できない場合は、法的な手続きに沿って進める必要があります。
立退料だけで解決しようとする
貸主側の正当事由がほとんどない状況では、高額な立退料を提示しても裁判上の明渡しが当然に認められるわけではありません。
まず立ち退きが必要な理由と、その合理性を整理することが先です。
立ち退きが必要な不動産の活用・売却を考える場合
「立ち退きが終わらないと何もできない」とは限りません。不動産そのものの売却や事業化を含め、複数の選択肢を比較します。
立ち退きを検討している理由が建て替えや売却であれば、本当に自分で立ち退きを完了させてから不動産を処分する必要があるのかも考えてみましょう。
たとえば、
- 老朽化した賃貸物件を建て替えたい
- 借家人がいる土地を売却したい
- 複数の借家人との交渉負担が大きい
- 相続した賃貸物件を整理したい
- 再開発を検討しているが調整が進まない
といった場合には、賃貸中の状態を前提として不動産の売却や権利調整を検討できるケースもあります。
立ち退き・権利調整を伴う不動産はマーキュリーへご相談ください
立ち退きの法的判断は弁護士の領域ですが、不動産の売却・買取・建て替えを含めた事業面から解決方法を検討することもできます。
マーキュリーでは、借地権・底地など権利関係の調整が必要な不動産や、賃貸中の不動産を含むさまざまな物件を取り扱っています。
「立ち退きが終わらなければ売れない」と決めつける前に、不動産の現在の価値や活用方法を確認することで、別の選択肢が見つかることがあります。
たとえば、
- 借家人がいる建物を手放したい
- 老朽化した建物を建て替えたい
- 相続した賃貸物件を整理したい
- 借地・底地を含めて権利関係を整理したい
- 立ち退き交渉に入る前に不動産価値を知りたい
といった段階からご相談いただけます。
法律上の正当事由の判断や明渡請求、代理交渉など弁護士による対応が必要な場合は、法律の専門家と確認しながら進めることが重要です。
立ち退きの正当事由に関するよくある質問
契約期間満了、立退料、定期借家など、正当事由と混同しやすいポイントをまとめました。
普通借家の契約期間が満了すれば、正当事由がなくても退去してもらえますか?
原則として、期間が満了したという理由だけで貸主が一方的に普通借家契約を終了できるわけではありません。貸主が更新を拒絶する場合には、借地借家法28条の正当事由が必要になります。定期建物賃貸借とは扱いが異なるため、まず契約の種類を確認してください。
立退料を提示すれば、正当事由が弱くても必ず立ち退いてもらえますか?
必ずではありません。立退料は正当事由を補完する要素の一つです。貸主側に建物を使用する必要性や建て替えの必要性など、正当事由を基礎づける事情がほとんどなければ、金銭の提示だけで裁判上の明渡しが認められるとは限りません。
定期借家契約でも正当事由は必要ですか?
適法に締結された定期建物賃貸借契約は、普通借家とは異なり、原則として契約期間の満了によって終了するため、普通借家の更新拒絶のような正当事由は必要ありません。ただし、契約締結時の要件や期間満了時の通知などを確認する必要があります。
建物を売却したいという理由だけで正当事由になりますか?
売却したいという事情だけで直ちに十分な正当事由になるとは限りません。なぜ空室にして売却する必要があるのか、借主が物件を必要とする程度、これまでの契約経緯、立退料の提示などを含めて判断されます。賃貸中のまま売却できる場合もあります。
大家が変わったら、新しい大家からすぐ立ち退きを求められますか?
所有者が変わったという理由だけで、普通借家契約が当然に終了するわけではありません。新しい所有者が貸主の地位を承継するケースでは、既存の賃貸借関係を前提に考えます。新所有者が更新拒絶や解約を求める場合にも、契約内容や正当事由を確認する必要があります。
築年数が古ければ正当事由は認められますか?
築年数だけでは決まりません。耐震性、構造上の危険性、修繕の可否や費用、建て替えの必要性、借主側の使用の必要性、立退料などを総合的に判断します。実際の判例でも、築古物件で正当事由が認められたケースと認められなかったケースがあります。





